2017年4月9日日曜日

チャーリー・パットンのチェロキーへの帰属問題「Down the dirt road blues」



 チャーリー・パットンが Down the dirt road blues で歌っていると言われているパットンのチェロキー帰属問題について、調べていく中で行きついたなつかしいスチュアート・ヘンリさんと北米インデアン史の第一人者として活躍されている佐藤 円さんのお名前。そして同窓会で佐藤さんとこんなに早くパットンの話ができるとは思ってもいませんでした。チェロキーとしてのパットンに興味を持ってくれてうれしかったです。当時のSP盤は3分ちょっとで実際はもっと長く演奏されたに違いありません。録音時には普遍的な比喩表現に抑えたかもしれないし、実際にはもっと具体的に自分のぼやきや怒りを歌った可能性もあります。
 パットンの時代はちょうどチェロキー・ネーションが反故になる頃ということで、お祖母さんがチェロキー族(佐藤さんによると、この母系ということが南部のインデアンにとっては重要らしいです。)であることを頼りにチェロキー・ネイションに土地の権利を主張しに行ったにちがいありません。録音のためにバージニア州リッチモンドやグラフトンまで行ったことのあるパットンですから、ミシシッピーからオクラホマまで出かけることは簡単なことです。当時、寝台車ポーター組合も組織化され、プルマン・ポーターによって運ばれる黒人新聞で情報も拡散されていたでしょう。小作の身分から抜け出すチャンスだったのですが、けっきょくダメだったわけです。ブラック・インデアンのインデアン帰属問題は現在までも尾をひいてるようです。
 カリブ海、特に原住民が死滅してしまって、ほとんどアフリカそのものになってしまったハイチなどの音楽に比べて、アメリカ南部の黒人音学のそれがある種の「追分」的雰囲気があるように聞こえてなりません。もちろんヨーロッパ起源の音楽が主にあり白人と同じような音学も演っていたことでしょうが、ブルースが生まれたころ、ミシシッピーの最深部あたりでインデアンの音楽が介在したのではないでしょうか。佐藤さんにそのはなしをしたんですが可能性を認めてくれました。タンパ・レッドなんか名前からしてブラック・セミノールであることがうかがえますが、こちらはずっと都会的です。
 ジェームズ・ブラウンが言っているファンクの"The One"のリズムって、あれインデアンの太鼓ではないですかね。あくまで素人の推測ですが。ジェームズ・ブラウンもサウスカロライナの地で両親ともにインデアンの血が流れてますね。そういうのって血がさせることじゃないですが。