2017年4月11日火曜日

展覧会のお知らせ





肖像の研究 5 岩野亮介 展
2017年 4月21日(金)~4月30(日)
12:00~19:30
26日(水曜 休み)
平八ギャラリー 東京都世田谷区上馬4-29-5




2017年4月9日日曜日

チャーリー・パットンのチェロキーへの帰属問題「Down the dirt road blues」



 チャーリー・パットンが Down the dirt road blues で歌っていると言われているパットンのチェロキー帰属問題について、調べていく中で行きついたなつかしいスチュアート・ヘンリさんと北米インデアン史の第一人者として活躍されている佐藤 円さんのお名前。そして同窓会で佐藤さんとこんなに早くパットンの話ができるとは思ってもいませんでした。チェロキーとしてのパットンに興味を持ってくれてうれしかったです。当時のSP盤は3分ちょっとで実際はもっと長く演奏されたに違いありません。録音時には普遍的な比喩表現に抑えたかもしれないし、実際にはもっと具体的に自分のぼやきや怒りを歌った可能性もあります。
 パットンの時代はちょうどチェロキー・ネーションが反故になる頃ということで、お祖母さんがチェロキー族(佐藤さんによると、この母系ということが南部のインデアンにとっては重要らしいです。)であることを頼りにチェロキー・ネイションに土地の権利を主張しに行ったにちがいありません。録音のためにバージニア州リッチモンドやグラフトンまで行ったことのあるパットンですから、ミシシッピーからオクラホマまで出かけることは簡単なことです。当時、寝台車ポーター組合も組織化され、プルマン・ポーターによって運ばれる黒人新聞で情報も拡散されていたでしょう。小作の身分から抜け出すチャンスだったのですが、けっきょくダメだったわけです。ブラック・インデアンのインデアン帰属問題は現在までも尾をひいてるようです。
 カリブ海、特に原住民が死滅してしまって、ほとんどアフリカそのものになってしまったハイチなどの音楽に比べて、アメリカ南部の黒人音学のそれがある種の「追分」的雰囲気があるように聞こえてなりません。もちろんヨーロッパ起源の音楽が主にあり白人と同じような音学も演っていたことでしょうが、ブルースが生まれたころ、ミシシッピーの最深部あたりでインデアンの音楽が介在したのではないでしょうか。佐藤さんにそのはなしをしたんですが可能性を認めてくれました。タンパ・レッドなんか名前からしてブラック・セミノールであることがうかがえますが、こちらはずっと都会的です。
 ジェームズ・ブラウンが言っているファンクの"The One"のリズムって、あれインデアンの太鼓ではないですかね。あくまで素人の推測ですが。ジェームズ・ブラウンもジョージアの地で両親ともにインデアンの血が流れてますね。そういうのって血がさせることじゃないですが。


2017年3月25日土曜日

最近やっている手動HDR処理(稲村ヶ崎にて)

先日、稲村ヶ崎で撮影してきた画像ですが、逆光のコマで手動 HDR処理してみました。以前にも「HDR手動処理」で書きましたが、少しは進歩してると思います。
撮影に持っていった人像は張り子で軽量化したものです。


元画像です。
これに RAWファイルから現像した。明るめの画像をレイヤーとして重ねます。


地面からの反射光のあたる部分です。明るいところは選択ツールなどを使って消してあります。

重ねたのがこれ。ここまでは銀塩モノクロの多階調印画紙でやってたことと同じですね。


一味つけたいので、これを iPhone に送って、インスタグラムの自動現像を行ってみます。
ここで Toaster という自動処理。これが気に入ってます。
なお、インスタグラムは私の iPhone で 3420 X 2262 pixel の 4.5MB (長手:72pixel/inch の1200mm)ぐらいにサイズを落とさないと動きませんでした。


インスタグラムで出来た画像です。
これをPCにもどします。


インスタグラムの画像は縮小してしまっているので、編集→変形→拡大・縮小で画像を延ばします。磁石効果で隅でピタッととまって、完全に重なるとおもいます。延ばした画像をつけたり消したりして確認します。


この画像は解像度が落ちてますのでフェードします。


最終的なレイヤー層です。

当日撮った画像は、水平線がすべて右下がりに写っていました。人像だけ気にして撮っていたわけですが、それにしてもひどいですね。少しばかり自分の水平感覚に疑いをもってしまいました。画像で水平は直しました。「すぽっていんぐ」はそのときに隅がもったいないので足したものです。

出来た画像がこれ。














2017年3月11日土曜日

人像軽量化のこころみ

私の作る撮影用の人像(自分ではこう呼んでいる)は、丸彫りの等身像と等身レリーフ上半身の二種がありますが、等身レリーフ上半身は電車で私ひとりで撮影に行けるように作ったものです。これはレリーフの性質から撮影アングルが正面のみに限られます。
車での移動が必要な丸彫り等身のタイプを一人で電車で撮影に行けるようにできないかと考え、ボディー部を張り子紙に置き換えることにしました。これが成功しましたので報告します。
頭部と手は木彫等身像から共有させます。


木彫の人像から直接張り子をとる。まずは離型のための古新聞を糊をつけずに貼る。

張り子紙を貼るための生麩糊。


張り子用の漉き返し和紙を生麩糊で貼る。


木彫人像から張り子紙を剥がし、木彫の頭部を入れて裏から頸受け部を張り子で作っているところ。

収縮がはげしく麻糸で縫わなければ閉じなかった。


シナベニヤのリブを入れる。


リブ製作用の木彫像の断面図をとるために大型のマーコが必要になったので、スチレンボードを使って簡易的にマーコを作った。


リブに板を渡して写真三脚(撮影時の下半身の役目)のネジ穴を設ける。


そろった張り子の部品。退けてしまった部分に張り子紙を足していったのだが、収縮とイタチごっこになり、最後は耐水性を持たせながら貼るために絵画用のアクリル・エマルジョンで張り子紙を貼り足した。


露出する部分を絵画用アクリル絵の具で塗る。なお、木彫の人像にはバネを使って間接部を連結したが、張り子タイプには輪ゴムを使った。



張り子タイプの人像を使った初めての撮影行の荷姿。かなり大型のゴンゴロゴロゴロです。バスには乗せてくれました。







代々木公園 音楽堂にて







2017年3月8日 赤旗

2017年3月8日の赤旗で、さる2月11日に新橋 ARATETSU UNDERGROUND LOUNGE でおこなわれた 日倉士歳朗 SOLO LIVE のもようを増渕英紀さんが連載の中で書いてくれました。




私と日倉士さんとの間で、日倉士さんとうちのボブを共演させる計画は何年も前からはなしにあがっていたことで、よく知った 新橋 ARATETSU UNDERGROUND LOUNGE に日倉士が出演することを知り、急きょボブとともにおじゃましたしだいです。「エリック・クラプトンには絶対歌えないクロスロード」(日本語の)を歌う日倉士さんですが、「エリック・クラプトンには絶対呼べない羨望のスペシャルゲスト」と紹介していただきました。